「走れ!たい焼きくん」

〜石や〜きイモ〜・おイモっ!
 おいし〜・おいし〜・おイモ〜だよっ!〜


そんな軽妙な歌声が、軽トラックのスピーカーから流れてくる。
夕刻近くの冬の空気が、途端に暖かくなるから不思議・・・。
ほっこりほかほか美味しいおイモ。
九里(栗)より美味い十三里。


〜石や〜きイモ〜・おイモっ!
 おいし〜・おいし〜・おイモ〜だよっ!〜


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だが、我が家の近くへ来る「石焼きイモ屋さん」はね、商売が下手。
ものすごいスピードで走り抜けてしまうんだ・・・。
まるで打者走者。疾風のように吹き抜けて行く・・・。
そんじょそこらの人では追いつけないんだ。
お財布を持ち、靴を履いて外に出た時には、影も形も無い・・・。
プラタナスの枯れ葉が舞っているだけさ・・・。
まぼろしの石焼きイモ・・・。


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〜石や〜きイモ〜・おイモっ! 
 おいし〜・おいし〜・おイモ〜だよっ!〜


それは、娘が小学4年生、息子が小学2年生の頃だった。


「ハヤトっ!買ってきて!」
「はいはいっ!」


カミさんから託された千円札を持ち、ハヤトはダッシュ


「待って〜!待って〜!おイモ〜!」



今思えば、それはトレーニングの一つだったのではないか・・・。


〜石や〜きイモ〜!・おイモっ!〜


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しかしニャ〜。
女の人たちはな、甘い物が好きなんだニャ〜・・・。


現在は、もっぱら「たい焼き」・・・。
駅の近くのお店で売っている「たい焼き」・・・。
ハヤトは姉に頼まれている・・・。
ランニングの時に、「買って来てぇ〜。」なんて言われて・・・。
千円札を託されて・・・。


うむ。走れ!たい焼きくん!
1個ぐらいならさ、姉ちゃんは分けてくれるんじゃないか?


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〜むぁいにち・むぁいにち・僕らは鉄板の〜
 上で焼かれて・嫌になっちゃうよ〜


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走れ!ハヤト!
姉ちゃんと母さんの「たい焼き」を買って来い!


え?父さんの分?・・・いらないぞ!
納豆ダイエット・3週間目に突入したんだもんね・・・。


父さんはな、本当は食べたいけれど我慢する・・・。
格好いいだろう?
我慢をする・・・。
大好物の「たい焼き」を我慢する・・・。
尻尾までアンコの詰まった美味しい「たい焼き」を我慢する・・・。
我慢をする背中をな、君に見せたいのさ・・・。
格好いいだろう?瞼に焼き付けておいてくれ。
これが君の父親さ・・・。
背中で語るタイプの父親なのさ・・・。


やせ我慢・・・。
太っているけど・やせ我慢・・・。
日本語って複雑・・・。