月に向かって打て!


大杉勝男さんだ・・・。
子供の頃の僕のヒーローだ・・・。


僕はずっとずっと巨人ファンだったし、もちろん王選手だって大好きだった・・・。


だが、一番好きだった野球選手は大杉勝男さんだった・・・。


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月に向かってホームランを打っていた・・・。
そんな野球選手はね、これまでもこれからも彼一人だろうと思う・・・。
なんて野球とはロマンに溢れているのだろう・・・。


生まれて初めてプロ野球を観に行った夜、
僕は、大杉勝男さんのホームランに心が震えた・・・。
神宮球場の3塁側自由席だった・・・。
ファールボールが飛んでこないようにと、
ずっと小さな僕と弟を親切にかばいながら隣にいてくれた酔っ払いのオジサンに教えてもらった。
なぜ大杉勝男さんは月に向かってホームランを打とうとしていたのか、を・・・。


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子供の頃、大杉勝男さんは貧しかった・・・。
野球を学ぶなんてね、とても難しい環境にいた・・・。


野球ってね、やっぱりお金が掛かるスポーツだったんだ・・・。
今だってもちろんそうなんだよ・・・。
昔ならね、それはなおさらだっただろう・・・。


大杉勝男さんにはお兄さんがいた・・・。
とても仲の良い兄弟だったのだそうだ・・・。


身体の弱かったお兄さんは働いて、
野球の好きな弟に野球を続けさせてくれたんだ・・・。
苦労をして貯めたお金でね、
お兄さんはバットやグローブを弟に贈った・・・。


大杉さんは野球の道具を誰よりも大切にしていた。
決して粗末には扱わなかったんだ・・・。
野球が出来るヨロコビをいつまでも忘れなかったんだね・・・。


そのお兄さんが若くして亡くなった時、
お兄さんは月に昇って行ったんだと大杉さんは信じた・・・。


月から自分を応援してくれているお兄さんに届けるために、
大杉勝男さんは月に向かって打っていたんだ・・・。


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月には、399個のホームランボールが転がっているはずだ・・・。


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月に向かってホームランを・・・。
ファンに向かって投げキッスを・・・。
そんな素晴らしい野球選手だったんだよ、
子供の頃の僕のヒーローは・・・。


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土曜日、日曜日・・・。
日本中で、ね、
きっと多くの野球少年たちがグラウンドへ自転車で向かうだろう・・・。


野球の道具を大切にしておくれよ・・・。


野球が出来るヨロコビを考え続けておくれよ・・・。


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今の子供たちは恵まれている・・・。


恵まれ過ぎている・・・。


大杉勝男さんの話を聞かせてあげなければ・・・。