切ない味

「カレーライスって不思議ですよね。」と、
昨年の暮れ、僕は、現在六大学でプレーをしている野球小僧、二十歳のSさんと話した時に聞いた・・・。
「切ない味だったり、とても楽しい記憶と共にある味だったり・・・。」
申し訳ないのだけれど僕は、カレーライスが切ない味だと言う彼の話を理解出来ずにいた。


「僕のオフクロも看護婦ですから・・・。
 女手一つで僕を育ててくれたワケですから・・・。
 オフクロが夜勤で家にいない夜は、僕は1人でカレーを温めて食べていました。」


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切ない味のカレーライスも、ある・・・。


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だが、切ないカレーライスの味を知っている子供の強さだってあるはずだ・・・。


それは、Sさん自身の強さでもあるし、Sさんを育てたお母さんの強さでもある・・・。
こんなにも大きくて優しくて頼もしい青年を育て上げたのだから、それはお母さんの強さだ・・・。


カレーをこしらえたお母さんだって切なかっただろうな。
きっとね、後ろ髪を引かれる想いで職場へと向かっていたのだろうな・・・。


まだ小さかった頃のSさんが1人で夜、
カレーを温めて食べていた姿を思えば切ない・・・。


だが、いつの日かきっと、
切ないカレーの味が、懐かしい母の味だと思える時が来るだろう・・・。
切ない味のカレーを知っている自分の強さにSさんが気付く時がきっと来るだろう・・・。


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楽しい記憶と共にある味って何だい?


「もちろん野球の時、グラウンドでみんなで一緒に食べたカレーライスの味です。」


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翻って僕は、我が家の子供たちを想う・・・。


娘よ、息子よ、
君たちもうんと小さかった頃、
お母さんがいない夜に食べたカレーは切なかったかい?


そうか・・・、
君たちもまた強いのだろうな・・・。


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今夜、カミさんは今年初めての夜勤だ・・・。



現在、我が家では、カミさんが夜勤の時の晩御飯は娘が作る。
娘の明るさに救われる・・・。


台所に立つ娘の後姿が最近、ますますカミさんに似てきて笑える・・・。


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娘が作るカレーライス。


僕は、今、


切ない味を知る。