入れ替え戦のゲーム翌日、
休日で家にいる息子はずっと右肘をアイシングしていた。
結局のところ、この痛い右肘は、高校時代後半からずっと同じ状況ではある。
上手く痛みと折り合いをつけながら6年間の野球を続けるしかあるまい・・・。


これからいろいろと勉強をして、学んだ知識を自らの痛みに応用するのだろうな。
この先は、トレーナーも主治医も自分自身だ。


将来、志望している小児科の医者になったとしても、
野球に於ける肘の痛みの治療のアンパンマンになれるのではないか。
そうすれば清瀬ポニーでも母校の野球部でもチームドクターとして、な、
たくさんの後輩たちを守ってあげる事が出来るんじゃないか・・・。


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赤ひげじゃなくて赤毛として。