「お父さん!キヨハラだよっ!」
晩ご飯ができるまでの間、僕は夕刊を読んでいた。
テレビのナイター中継を見ていたハヤトが僕に声を掛ける。
「ホームラン打ってくれないかなぁ。」
観客席から「とんぼ」の大合唱。スキンヘッド、細マユ、ピアス。大きな男はヘルメットをかぶりバットを担いで打席に向かう。
最後の一瞬まで希望を捨てる事のない男。
既存の権威に、決して服従しない男。
世の中、捨ててはいけないものを捨ててしまった男たちが増えてきた中で、彼の存在はひときわギラギラと異彩を放つ。
強い男なんていない。強くあるために勇気をふりしぼる男がいるだけだ。
僕もそうありたいし、息子にもそうなってほしい。


夕刊の片隅・・・・。
虐待をうけて亡くなった3歳の女の子の両親の記事。
36歳・無職の父親が傷害致死で起訴された。
この小さな女の子が、父親から殴られ、蹴られ、泣いて謝っていた姿を想うと涙が出る。腹わたが煮え繰り返る。
「しつけのつもりだった」と供述。しつけが必要なのはお前の方だ。
この厳しいご時世だ。さまざまな事情もあるだろう。苦しい事もあっただろう。
世の中に屈服し、権威に服従して、感情の矛先を本来命がけで守るべき小さな命に向けてしまった弱い男の姿が浮かぶ。
泣きながらごめんなさいと言っている我が子の声は、彼の心に届かなかったのだろうか?


あの女の子の魂は、現在どこに在るのだろう・・・・・・。
神様が本当にいてくれたらいいのに・・・・・。


テレビの画面にはキヨハラの顔。すさまじい表情の男の顔。
強い男なんていない。強くあるために勇気をふりしぼる男がいるだけだ。


誰もが、そうであってほしい。
もちろん僕も。


「ご飯できたよー!テレビ消しなさーい!」
「この回だけ見せてーっ!」息子の声。
いつもと同じ、夕飯どきの風景。