氷の下の魚

hayatonooyaji2007-10-11

僕らの地域では珍しい物だ・・・。
大きなスーパーでコマイを見つけた・・・。
買って帰り、家族で食べた・・・。
金槌でトントンと叩き、身を柔らかくして、ムシムシとむしる・・・。
むっしっし・・・。
ただ、換気をよくして食べなければ大変なんだ・・・。
家中が、思春期男子の部屋みたいな匂いになっちゃう・・・。


北海道の珍味・・・コマイ。
氷の下の魚と書いてカンカイとも呼ぶらしい。
僕にとって、それは懐かしい高校時代の味・・・。


寮で生活をしていた僕らはね、出身地は全国あちらこちらだった。
コマイを食べさせてくれたのはOくん。
北海道出身、野球部に所属する野球小僧だった。
高校時代ってね、きっと今の高校生たちだって同じだろう・・・。
いつもお腹がペコペコだった・・・。
実家から送られてくる荷物はね、大半が食糧だったんだ・・・。


もちろん、ラーメンやらカレーやら、インスタント食品がメインだったのだけれど。


その中にね、それぞれの地方特有の食べ物があり、それを友達に食べさせてあげたり
食べさせてもらったりする事が楽しみの一つだった・・・。


今でもこうやって時々食べるコマイ。
丸顔で頬っぺたが赤かったOくんを思い出す・・・。
野球が大好きで、野球がやりたくて、北海道から関西の高校へ来たんだ。
紫色のユニフォームに憧れて、ね・・・。


「これがコマイ。俺の大好物なんだよ。
 母ちゃんがたくさん送ってくれた。
 食ってみろっ!美味いっしょ?」


当時、母校では野球部の不祥事があり、白球寮は休止状態だった。
だから野球部のみんなもね、僕らと同じ一般の寮で暮らしていた。
そんなすごい野球小僧たちと寝食を共にする事が出来ていた事は、
今考えると、僕にとってもいい経験だったと思う・・・。


甲子園常連校に於ける、野球少年たちの生活。
しかも暖かい家庭を遠く離れての日々・・・。
たくさんの汗も涙も流していた彼らだったけれど・・・。
現在、中学野球小僧の親父になった僕はね、
あの頃の野球部の彼らを愛しく誇らしく思うんだ・・・。


たった15歳で親元を離れた君・・・。
より高き舞台で大好きな野球をしたい一心で・・・。


強かったんだな。
Oくん・・・。
あらためて感じたよ・・・。


コマイを食べながら僕は、きみを思い出していたよ。


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昨日、ある有名校での暴力沙汰が報道されていた。
とてもとてもつらくて悲しい事件だ・・・。
尊い野球の世界からね、暴力だけは排斥しなければと思う・・・。


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Oくんが言っていた言葉を書こう。


「俺はね、先輩からされた嫌な事を後輩にはしない。
 絶対にしない。
 ・・・見ててくれ。」


事実、その後、我が母校の野球部からはね、暴力に関する事件は皆無だと聞く。
Oくんの代から20数年間だ・・・。


変革を成す心はね、
最初の一人の小さな勇気だ・・・。
小さいけれど、尊い気持ちなんだよ・・・。