夜明けの気配。

あまりにも寒くて明け方に目覚めた。
もう一度眠るには短いし、かと言ってすぐに仕事をするにも落ち着かない。
とても中途半端な時間だった。
僕は、まだ眠たげな老犬を起こし、真っ暗な外へ散歩に出た。


街灯に照らされて遊歩道が光る。
冷たい空気が結晶のようになっていてキラキラしている。
僕も犬も、煙のような白い息を吐く。
赤と黄色の落ち葉が、サラサラと楽しげに舞っている。


なんだか僕は、宮沢賢治の童話の世界を歩いているみたいな気持ちになった。


僕たちも自然の中のひとつである事に気付く。


まだ明けぬ夜の空気は、宇宙と地上を結んでいて、僕と犬も星のひとつなのだと思えた。
眠りを続ける街は静寂で、触れたら壊れてしまうガラス細工のようだ。


街の眠りを妨げぬように注意深く・・・。
けれどユラユラと楽しく歩き続けた・・・。


僕らも自然の中のひとつ。
決してそれを忘れてはなるまい・・・。


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悲しいニュースは流れ続けているのだけれど。
子供たちの命は奪い続けられているのだけれど。


どう生きよう?
どう在り続けよう?


僕は問う。
自分の心に問う。


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老犬の歩みは緩やかで、忙しなく揺れる僕の心を留めようとする。
そうだね、ゆっくりと歩むしかないのかもしれないね。


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気配を想い空を見上げる。
明け方の月の美しさに僕は洗われる。


すべてを・・・。


僕はすべてを洗われるのだ・・・。


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けたたましいバイクの走る音が聞こえる。


どうか大切に自分を生きておくれよと祈る。


投げやりに生きるなよ・・・。


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僕は、どう在ろう?


子供たちの側に在り続けよう・・・。


けたたましい爆音のバイクの君よ・・・。


静かに眠る街を起こさないでおくれ・・・。


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信じてくれ。


信じてもいい大人だっている事を証明してあげたい・・・。


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昨日、僕は、原稿用紙を買った。


まだ、詩にはならないのだけれど、
心の奥から言葉が溢れ続けて止まらなくなった。


原稿用紙にエンピツで書いた。


いつか僕がこの世を去った後、
娘と息子に読んでほしいと思いながら書いた。


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命よ。
子供たちよ。
子供たちの命よ・・・。


約束しよう・・・。
僕は、君の側に在り続けよう・・・。


君の命の側に在り続けよう・・・。


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明け方の闇・・・。


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でもね、明けぬ夜はない・・・。


犬と僕は、ゆっくりと宇宙を歩いた。