2番セカンドの25年後。
昨夜、新幹線で帰るWくんを見送った・・・。
動き始めた新幹線の窓ガラスの向こう側でWくんは、
胸を張り直立不動で、下唇をいかりや長介さんのように出し、
最敬礼をした姿のまま、夜の闇に消えて行った・・・。
そろそろネクタイハチマキは外した方がいいぞ、とは、言いそびれてしまった僕だ。
そして、赤いテールライトは次第に小さくなり、・・・見えなくなった・・・。
ありがとうな、友よ・・・。
僕は、励ましたのではなく、励まされたのかもしれないよ。
一人で電車のイスに腰掛けながら、そんな事を思った・・・。
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43歳、
僕もWくんも、高校3年生の娘を持つ。
年頃の娘を持つ親父の哀愁は独特なり。
しかも、Wくんのところは、ね、一人娘なんだ・・・。
それだけにな、余計な気苦労も多いんだろうな・・・。
先月、W家に於いて、こんな出来事があったのだそうだ・・・。
一人娘の進路について、父であるWくんと愛娘による激しい口論・・・。
Wくんは大学に進学させたいのだけれど、娘には娘の夢もあり、
彼女は専門学校への進学を希望・・・。
薄くなった頭の親父のハゲしい口調に、娘は一歩も引かず議論で立ち向かう・・・。
晩酌の途中だったWくんはアルコールの力も借りて、とうとう叫んでしまったそうだ・・・。
「だったら出て行けっ!」って・・・。
愛娘は泣き、立ち上がり、本当に靴をはいて家を飛び出した・・・。
あせったのはWくんだ、野球では人一倍冷静だった男も、愛娘の事ではパニックに陥る・・・。
Wくんは慌て、サンダルばきで家を出て、娘の後を追いかけた・・・。
夏に引退したとは言え、愛娘は陸上部だった。
そんな娘を全力で追いかけるのだからWくんの体力も見事。
否、娘を想う父の愛は見事とな、喝采を贈るべきであろう・・・。
「待て待て〜!」
ゼエゼエなりつつWくんは娘を追う。
娘は泣きながら走り続ける。
「待てっ!ゼエゼエ・・・、ま、待て〜っ!」
こうやって書くと、美しい父娘のドラマの一場面みたいなのだけれど、
実際にそれを目撃した世間の人々には、ね、
変なオジサンが女子高生を追っかけている。と、映ったようだ・・・。
屈強な若者3人によってWくんは取り押さえられ、
通報によって駆けつけたおまわりさんに引き渡されてしまった・・・。
「娘なんです!ワタシの・・・、娘なんです〜!ゼエゼエ・・・。
ああっ、逃げちゃう、だ、誰か、その子を捕まえてくださいっ!ゼエゼエ・・・。」
「交番でゆっくりとお話を伺いましょう。」
Wくんは、囚われの身になった・・・。
数時間後、仕事から帰宅した奥さんが事情を知り、迎えに来るまでずっと・・・。
「世の中って冷てぇよな・・・。」と、Wくんは言う。
だが、結構おせっかいでもな、世間って暖かいじゃないかと僕は思い、笑った・・・。
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娘を想う気持ちに打たれ、他人事ではないと思いつつ笑った・・・。
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ネクタイハチマキでな、
下唇をプイっと出した顔のWくんを思い浮かべる・・・。
どんな様子でおまわりさんに連れて行かれちゃったのかと考えると、
悪いけれど僕は、吹き出しそうになる・・・。
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娘さんにな、夢があるのなら、
信じてあげて黙って応援すればいいんじゃないか?って、
僕はアドバイスをしたのだけれど・・・。
でもな、父であるWくんの気持ちも解る。
うんうん、痛いほど解る・・・。
Wくんよ、がんばれな・・・。
いつか必ずな、やっぱりキャッチボールしようぜ・・・。
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新幹線はそろそろ、名古屋に着いただろうか?