逃げていた凶悪犯が息子と同い年なのだと知った時、僕は愕然とした。
あの年に生まれ、この同じ月日を育ち、そして凶悪犯として世間を震撼させるに至った男について考え続けていた。


今日は午後からずっと、その男の身柄が確保されたと言ったニュースでラジオもテレビも一杯だ・・・。


なあ、
その男の顔写真を見てアナタはどう思ったかい?
悪そうな顔だなあって思ったかい?
僕は、悲しい顔に見えた・・・。
悲しい顔つきに見えて仕方なかった・・・。


誰からも愛されないコドモなんて一人もいない。
誰からも愛されないで育っているコドモなんて一人もいない。
ただ、
愛されている事に気付かずオトナになっちまったヤツがいるだけだ。


愛されている事に気付かず育ったヤツは悲しい顔になる。


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この男の周囲にオヤジはいなかったのか?
そうだよ、学童野球のコーチみたいなオヤジたちはいなかったのか?
怒鳴ってくれたり、
慰めてくれたり、
引っ叩いてくれたり、
抱きしめてくれたり、
真剣に向き合ってくれるオヤジは一人もいなかったのか?


野球なオヤジたちってさ、汚いし臭いしうるさいし、厄介な存在なのだけれど、
愛を凝縮したスパイスみたいなモンだ。
必要なのよ・・・。



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コドモには決して罪無く、様々な事情がある。
でもね、
どんな苦しい環境にあっても愛されていると知っているコドモは真っ直ぐ育つ。
絶対に悲しい顔をしたオトナにはならないものだ。


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我が子と同い年の男が犯した罪がこんなにも辛いものだとは思わなかった。
痛いなあ、本当に心が痛いなあ・・・。


幸いにして悲しい顔のオトナにならずに済んだオトナである僕らに出来る事は、
周囲のコドモたちを愛する事だ。
愛して愛して愛して愛して見守る事だ。
そして、愛されていると気付かせてあげる事だけだ。