・ナースとして四半世紀以上も最前線の現場にいるカミさんからすると複雑で、
我が子にさせたくない職業の一つが医者であった。
過酷で壮絶な仕事に子供を就かせたい親などいない・・・。


・ただ、母親としての意見は上記のものではあるのだけれど、
医療の現場に立つナースとしての意見は、息子の性格や気性は医者向きであるとの事だ。


・「どんなに大変な仕事なのかを教えてあげなくちゃならない。」
ああ、カミさんが頼もしく見える。


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・いわゆる受験巧者と呼ばれる、テストで高得点を取る事が出来る子供は多く存在していて、
そんな子供たちの親は概して教育熱心であって、
まるで大学受験の勲章を目指すかの如くに医学部合格を狙う。


・良心や志や、何よりも献身の心が求められる厳しい仕事である事を彼らが思い知らされるのはこれからだ。


カップラーメンにお湯を注いで待つ3分さえ得られないかもしれない仕事なのだ。


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・それは、職人の世界である。
職人の中でも一番苛烈な職人の世界である。


・「僕を助けてくれた先生のような医師になりたい。」
そう語る息子の背中を押してあげ続ける事が、決して教育熱心ではなかった僕ら夫婦の今後の役割だ。
覚悟は決めた。腹も据えた。


・赤ん坊だった時の、入院中の息子の姿を最近よく思い出す。
面会時間が終わり、僕ら両親が帰る際(完全看護の病院だったので親の泊まりは許されなかった)の、
ベビーベッドの柵に掴まり手を伸ばして泣き叫んでいた姿や、
ぐったりと横になって吸入の処置を受けていた姿だ。


・思い出すと今でも辛くなってしまうから、普段は忘れるようにしているのだけれど、
今、その時の無力な両親であった自分たちの気持ちをあえて取り戻して、
医師と言う職人の世界へ弟子入りする息子を見送ろう・・・。


・あの日の小さく弱い赤ん坊よ、
今度はオマエが誰かを助ける番だよ。


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・カミさんの病棟の若い男性たちは医師だ。
この2年間、様々なアドバイスを頂き有難かった。
みんな苦学をして良い医師になっている方々ばかりだ。


・「ベテランナースの母ちゃんと医学生の息子の日常のドラマが見たいっス。」と言われると、
カミさんはこう答えるのだそうだ。
「無料(タダ)じゃ見せてあげない。」