幾三 2
バイバイ〜って、な、
無邪気に手を振って幾三は一旦帰って行った。
我が家に遊びに来て、バイバイ〜って僕に手を振り帰って行く息子のトモダチって、
よくよく考えてみると、小学校低学年当時の韋駄天くん以来だ。
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それにしても野球の話をする時の幾三くんの表情が良かったんだよ。
まるで小さな子供が美味しいものを食べた後に見せるようなシアワセいっぱいの笑顔で話してくれたんだ。
彼の通う医大には硬式野球部が無く、所属するのは準硬式野球部なのだけれど、
思いっきり投げて打って走った久しぶりの夏に、幾三は野球の神様に感謝しているのだと見ていて分かる。
この春、赤毛と幾三で交わした「東 医体で会おう!」の約束は、きちんと果たされた。
何と素晴らしい夏であった事か・・・。
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昨年、一昨年、彼らに春は来なかった。
春が来なかったので、夏も来なかった。
秋も、冬も、お正月さえ来なかったんだ。
クリスマスも来なかった。
(ちなみに、バレンタインデーは来年だって来ないだろう。)
幾三の親父さんは、自身が医者で相当厳格らしく、
二浪が決まった一人息子に向けて、家に帰って来るな!と言ったそうだ。
その時の幾三の辛さや哀しさを考えると、今年の夏が猛暑で良かった。
この猛暑の中で野球が出来たのだから、なあ、
辛かった事や哀しかった事、
悔しくて泣きたかった事だって全部流れちゃっただろうよ。
そうさ、
汗と涙と、オシッコで・・・。
嫌な思い出は ぜ〜んぶ、
汗と涙とオシッコで身体の外へ流しちまえばオッケー牧場!
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「帰って来るなってアイツが親から言われた話を聞いた時、
オレんちの場合は父さんがバカで本当に良かったな〜って思っていたんだよ。」と、
僕は赤毛に笑いながら言われたので今日から厳格な父親に路線変更する事に決めた。
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幾三は明日、本当に再び我が家に泊まりに来るそうだ。
夏休みの間に、ね、
きちんと実家へ帰れと言ってあげよう・・・。
親父さんはともかく、お袋さんに笑顔を見せてやれよって。
そしていつか言ってあげよう、
君の笑顔を一番見たいのは親父さんなんだぜって。