朝、いつもと同じようにハヤトは練習着に着替え、野球の仕度を済ませた。
ただ、冷たく固くなった犬の身体を抱き上げて頬を寄せ、「さようなら」と「ありがとう」を言った。
斎場にハヤトは行かない・・・。
普段どおりに野球へ出掛ける・・・。
それでいいと僕は思う・・・。
心がまた少しだけ強くなったハヤトの姿を、きっと天国から犬は見てくれていて、安心しているだろうって思う・・・。
自分が仔犬だった頃、まだヨチヨチと歩いていたハヤトがこんなにも大きくなった・・・。
こんなにも大きくなって元気に野球をしている・・・。
犬は、そんなハヤトの姿をうれしく思って見てくれているはずだ・・・。


ハヤトよ、自転車で坂道を登りながらね、悲しい気持ちを振り切ればいいさ・・・。
昨夜、家族みんなが揃い、落ち着ける時間まで、犬はがんばって生きてくれていた。
それは、犬が僕ら家族の事を愛してくれていた証しだ・・・。
悲しいけれど泣くな!
今だからこそ出来る事をね、一所懸命にやろうよ・・・。


行っておいで・・・。
思いっきり野球と今日も向き合っておいで・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


命の儚さを知ること・・・。
命の尊さを知ること・・・。
自分の命を大切にすること・・・。
自分の周りにある全ての命を大切にすること・・・。


どんな時だってシアワセを探し出せる心を持つこと・・・。


優しい心を忘れないこと・・・。


それを学んでおくれ・・・。
子供たちよ・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 「百万年生きたネコがいました。
  百万回生きて、百万回しにました。
  百万人の人がそのネコを可愛がり、
  百万人の人がそのネコがしんでしまったと泣きました。
  けれど、ネコは一度も泣きませんでした。」


うろ覚えの詩なのだけれど、その詩が言わんとしている意味が、おぼろげに見えてきた。
個々の命は一粒ずつでも、連綿と悠久の時間を命は繋がって生き続けるのだという事。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


カミさんと娘と僕で斎場へ行った。
無言で小さな骨壷を抱きしめている娘の姿を見る・・・。
少しだけふるえて唇を噛み締めている・・・。


空は今日も青い。