シアワセと命について。

朝、一縷の望みも空しく、やっぱり僕に散歩をせがむ老犬の声は聞こえなかった・・・。
静かに、とても穏やかな顔をして身体を横たえていた・・・。
生きていてくれさえするのならば、このままでもいいと思う・・・。
寝たきりでもいい、ただ生きていてほしいと願う・・・。
それが僕の、・・・偽らざる想いだった・・・。
「私が家にいるから大丈夫だよ。」
そんな娘の言葉に甘えて僕は、・・・グラウンドに行った・・・。
悲しくて悲しくてたまらない気持ちばかりで一杯だったのだけれど・・・。


新潟ポニー、練馬ポニー、そして清瀬ポニーによる、三つ巴の練習試合だ。
遠くの町からはるばると、近くの町から元気良く、グラウンドにやって来る彼ら・・・。
久しぶりに会える彼らの姿が見たい。
そして、悲しい気持ちを吹き飛ばしてもらいたい・・・。
申し訳ないと思いつつ、そんな気持ちで僕はグラウンドにいた・・・。
新潟の選手も練馬の選手も、そして清瀬の選手も、みんな輝き続けていてほしい・・・。
僕は、いつもと同じ表情でグラウンドにいたつもりなのだけれど、悲しい気持ちが顔に出てしまっていたかもしれない・・・。
元気な野球少年たちの走る姿に励まされながら、いろんな事をずっと考えていた・・・。


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人間は誰だってね、どんな人だってね、シアワセになるために生まれてきた。
シアワセな気持ちを感じるために生まれてきたんだ・・・。
人間はね、シアワセにならなくっちゃいけない・・・。
僕は、それを何度でも言う、ずっとずっと言い続ける・・・。
だから僕は、戦争や紛争が嫌いだ。
悲しい事件のニュースが嫌いだ。
人間は、シアワセになるために生まれてきたんだ・・・。
・・・信じていてほしい。


カキーン!の音が響く。
グラウンドに響く。
野球の好きな子供たちよ、シアワセを感じてくれ。
野球が出来る自分である事を、シアワセなんだと感じてくれ。
一人残らず、もっともっと今以上のシアワセを感じられる未来を歩んでくれ。


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娘からのメールが届く・・・。
帰らなければ・・・。


人間はシアワセを感じるために生まれてくるのだけれど、犬は?
犬は何のために生まれてくるのだろう?
無償で愛だけを与え続けてくれて、慈しむような目で僕らを見ていてくれて、そしてすぐに去ってしまう。


ハンドルを握りながら、久しぶりに僕は泣いた。


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朝と同じように横たわっている老犬を抱き、清拭をする・・・。
静かに、その時を待つ・・・。


カミさんも娘も泣く。
ハヤトも大粒の涙を流している。
そうだ。・・・ハヤトにとってはね、物心がつく以前から一緒に暮らしていた犬。


夜、10時15分。
一度だけ吠えて永眠・・・。


「さようなら」は違う。・・・そんな気がする・・・。
「ごめんね」も違う。・・・それは、あまりにも命に対して失礼だ・・・。


「ありがとう」だ・・・。


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天国でマロンに会えたかい?
思いっきり走り回れるね。
ゆっくりとしか歩けなくなった足は、きっと不自由だったよね。


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命をありがとう。