彼は帰ってきた。

甲子園を目指してたくさんの野球小僧たちがひたむきな闘いを続けている。
新聞でしょ、ラジオでしょ、それからテレビなんかで紹介されている彼らのドラマに僕は胸を震わせている。
野球小僧の輝く姿。
それはね、グラウンドで素晴らしいプレーをね、するだけが全てではないんだ。


彼はその学校にエース候補として入学した。
さいころから今の君たちのように野球をがんばってきたんだ。
憧れていた高校に入学した。そして野球部に入った。


順風満帆・・・・。
でもね、野球の神様はやっぱり意地悪だった。
練習を終え、帰宅する彼の自転車をトラックがはねた。


意識不明の重体。
病院のベッドに横になる彼の姿。
その時の彼のご両親の気持ちは本当に辛かっただろう。
レベルは違うかもしれないのだけれど・・・・
ギプス姿のハヤトの顔を見た時の僕とカミさんは泣いた。
うん、分かっている。彼とは次元が違う。
でもね、それだけでも辛かった。本当に辛かった。
だからこそ思う。あの時の僕たち夫婦の1万倍辛いであろう彼のご両親の心。


救いは監督だった。
彼の眠る病室にボールをもって現れた。
ベッドサイドにしゃがんで、彼の手にボールを握らせた。


ボールはね、彼の手から落ちる事はなかった。


「あっ!直球の握りだ!」
「おお!カーブの握りだ!」


意識不明の野球小僧は懸命に闘っていたんだと僕は思う。
マウンドは高いかい?恐くないかい?
彼の手は懸命にボールの縫い目を追っていたんだ。


立ち向かってくれ!
野球小僧!って、きっと祈ってくれた監督だったのだと思う。
彼は死神を三振に切って取ったんだ。


命を賭けて彼は投げた。
死神を空振り三振に切って取った彼は胸を張ってベンチに帰ってきた。
監督は泣きながら彼を迎えたのだ。


監督が手渡したボールが彼を救ったんだと僕は思う。
この予選、彼はベンチから大きな声を出す。
スゴイ野球小僧だと思う。僕は声援を送る。